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かつて、ここが東京大学航空研であった頃、1号館(正門左手)や13号館(正門正面)はその重厚な装いから「航空研劇場」と呼ばれていたそうだが、17号館(正門右手)も同様にかなり凝った建物である。本郷の建物と似たかなり大きな窓、1号館と同様の階段の細長い採光窓、また建物の内部は関東大震災を教訓にした耐震設計ということで、高い天井を太い梁で支える18号館と似た頑丈な構造になっている。

航空研から始まり先端研へと繋がる歴史の中で、研究の重要な支えとなってきた工作工場はこの17号館にある。我々探検団は物作りの現場の貴重な証言を得るべく、取材に向かうことにした。技官の皆さんはテレビカメラまで持ち込んでの探検団の取材に多少驚かれた様子であったが、快く応じて下さった。

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工作工場について、主に説明して下さったのは昭和24年入所で現在非常勤となっておられる技官の中川さんである。最初に、中川さんが来られる以前の資料として、昭和16年当時の航空研名簿を拝見した。この資料は最近ひょっこり出てきたものだそうだが、発行時期は太平洋戦争開戦の数カ月前という歴史的資料である。一見して分かるのは軍関係者に陸軍が多いことで、過激急進派で知られる甘粕大尉の名前もあった。一応建前上は中立的な航空研であるが、ここにも当時の軍部の派閥争いの影響があったのかと感じた。

中川さんが来られた当時は理工学研究所時代であり、物理、化学、応用力学/電気工学、生物物理化学の各局それぞれに工作部があったそうだが、昭和30年頃にそれぞれの工作部を一つに集約したのだそうだ。それまでの木工場とかガラス工場とかの分類も集約に伴って無くなったということである。この工作部の集約に伴い、設備を統合して減らし、人員もその頃の35人程度から次第に移動、減員となっていったとのこと。

次に建物の中の様々な旋盤や削り盤の説明に移った。これほど多様な工作機械が必要だった理由は、現在と異なり研究に必要な工作物の外注が難しかったため、研究所内で一通りの工作ができることが求められたからだそうだ。これらの機械のかなりの物が大正末期から昭和初期製造の舶来品で、プラット&ホイットニー社やブラウン&シャープ社等の有名メーカーの機械が目白押しである。航空研を駒場に移した当時は国産の工作機械の精度が低かったということらしい。これらの年代物の工作機械がまだ生きて使われているが、消耗部品についてはもう自作するしか無い。しかし、例えば回転部分についてはベアリングでなく、ローラーを使っているので比較的容易に削り出しで部品を自作できるとのこと。また部品の消耗自体も、通常の工場と違って装置を酷使しないので少ないそうである。

「昔の機械っていうのは肝心なところはきちっと抑えて、不必要なところはどんどん手を抜いて、その分急所をちゃんと押さえた形で物を作っている姿勢が見えるんですよ。今だと作った物は全部ぴかぴかにして、変なところまでもきれいに磨いたりしているっていう点では、何か反省する必要があるんじゃないかと思います。」とは中川さんの談である。

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工場の全ての工作機械をここで説明するのは無理があるので、特に私の印象に残った以下のものを紹介したい。

【工具旋盤】
現在のほとんどの旋盤は生産用という分類に属し、丈夫で高速に作業が進められるように設計されているそうだが、昭和2年製のこの旋盤は、高精度で複雑な加工をこなす、装置試作開発のための工具旋盤と呼ばれるものだそうだ。装置の融通がきく反面、調整する部分も多く、見本として中川さんに真鍮棒を加工して頂いたが確かにかなりの熟練を要すると感じられた。

【形削盤(シェーパー)】
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【微細加工工具群】
ローマ字普及運動で知られる田中舘愛橘先生が直接ヨーロッパへ買い付けに行ったという、大正14年製の直線目盛り機、円盤目盛り機等が保管されている。これらは1000分の2ミリの精度で作業が可能で、当時世界一の精度を誇る物だったそうだ。昭和36年になってこのメーカー(シップ)の社長がいろんな装置を買ってくれたお礼に、メダルか何かと一緒にこれらの装置用のガラス製展示保存用ケースを寄贈してくれたという。大正末期には既に飛行機パイロット用に腕時計が発明されていたことを思えば、その時点で時計用等の高精度の旋盤が開発されていたのは当然ではある。しかし、実際にこの眼で60年も前の超高精度工具を見ると、当時の技術に感嘆するばかりでなく、微細加工の原点というか、その技術の歴史の重みを直接感じることが出来たように思う。

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一通り工場設備を見学した後で、自分で手がけた物でこれは、というものは何でしょう?という立花団長の質問に、技官の皆さんは笑って即答を避け、宇宙研、境界研時代の工作工場の作品のポラロイド写真を持って来られた。そこにはロケット関係の長友先生の部品から、ガラス部品、小田先生のすだれコリメーター、更には実験できなかったロケット用のスラスター等、様々な装置が写っており、一人一人どの作品にも思い入れがあるようで、全く選び難いという様子であった。 最後に先端研になってからの作品として、藤正研の磁石使用の血液ポンプ、立体視マニピュレーターアダプターや、柳田研の装置等の写真も見せて頂いた。これらの装置の中には一見して新規性の高いものも多く、特許や実用新案等を工作工場として申請した物があるのか尋ねてみたが、実際これらの袋置は、予備実験に使うようなものがほとんどなので、そのような申請は覚えがないというお話だった。何かもったいない話である。このような装置の製作を依頼している研究室には偏りがあるようで、ほとんどの学生は工作工場でこういった実験装置の作成を依頼できることを知らないのではないだろうか。こちらの工場では基本的に材料費のみで作ってくれるということなので、私もこれからは積極的に工場を活用しようと思う。

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取材を終えて

大学の人員削減によって技官が急激に減らされたことによって、私を含め技官のいない研究室が当たり前であるといった世代が増えて来ている。そのため学生は自らの実験のために、取り扱いの難しい装置の立ち上げや、装置の改良、メンテナンスといった技官的な仕事も否応なくこなす羽目になっている。この様な作業がうまく行けば学生個人の技術力は上がるが、すったもんだの末に装置を立ち上げても、エキスパートとなったその学生の卒業と共にせっかくの貴重な装置が使われなくなってしまうことも多い。確かにそのような経験により得られる物作りのセンスは科学者に必要不可欠のものだと私も考える。しかし、センター長である岸先生とのインタビューの中にもあるが、技官の不在によって、本来技術の専門家がやるべき仕事までも素人の学生が行うことになり、無用な試行錯誤、貴重な研究時間の無駄、研究費の損失を引き起こし、何よりも科学技術の連続性を示し伝えるよい意味での伝統の断絶が生じていることは無視できない。技官の方々の仕事をたどる今回の取材で、改めてこの問題を痛感した。これから予定されている生産研移転、先端研改築によって今後この工作工場がどうなるか、詳しくは技官の皆さんも分からないそうだが、研究の技術支援の拠点として、形が変わっても何とか残して頂きたいと思う。

最後に、取材に応じて頂いた中川さん、田子さん、桜井さんを始め、関係者のご協力によって有意義な取材を行うことが出来たことに感謝致します。

<1995年10月発行 先端研探検団 第一回報告書23頁 掲載>

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